山口弘美のチューニングセラピー

心と身体の美を追求するセラピスト

山口弘美のチューニングセラピー -エッセイ-

山口弘美のチューニングセラピー -エッセイ-

K.Y

☆マッサージをはじめたきっかけ

2007年のまだ暑さの残る時期だったでしょうか。
きっかけは親しくしている喫茶店のオーナーさんからの提案でした。
「ねぇ。マッサージの勉強受けてみない? 私が通っているリンパマッサージのサロンで生徒さん募集しているみたいなのよ」
 その当時の私は、介護の専門学校を卒業してすぐに就職した施設で介護士として働いており、自分の理想とする介護の在り方について考えながら、自分なりにサービスをよりよくするための努力を重ねる日々を送っていました。しかし、三年・四年と介護をしていくうちに、だんだん深まっていく理想と現実とのギャップ。いつしか仕事そのものに対して違和感を感じるようになり、介護の世界で働く意欲も薄らぐようになっていったのです。そうして仕事を始めてから五年目を過ぎた頃、悩んだ末に介護職を離職。オーナーさんから思いがけず声をかけられたのは、ちょうどその頃のことでした。
「その仕事、Yちゃんに合っていると思うのよね。一度試しに先生からマッサージを受けてみて、気に入ったら勉強してみれば?」
 もともとマッサージや整体、指圧などに興味があって、機会があれば勉強してみたいと思っていた矢先の提案に、私はすぐに飛びつきました。それで「善は急げ」ということでその場で予約を入れてもらい、紹介してくださったオーナーさんと一緒にサロンへ行くことになったのです。その時の私はすでに勉強する気満々で、「マッサージが出来るようになれば、お年寄りが抱える症状や痛みを軽減するためのサポートができるかもしれない。一生懸命に勉強して自分のスキルアップに繋げよう!」とワクワクしながらサロンに行く日を楽しみにしていました。
 予約当日、喫茶店から車でそれほど遠くない住宅地の真ん中に、そのサロンはありました。横の駐車スペースに車を止め、玄関に回り込みドアを開けた瞬間に、「あぁ、ここで勉強するんだ」という期待感が胸にこみ上げてきたことを今でもはっきり覚えています。出迎えてくださったのは穏やかそうな優しそうな女性。オーナーさんに「狩野さんよ」と紹介され、「はい。よろしくお願いします」と今すぐにでも勉強を始める気満々の自分に、「とりあえず、マッサージを受けてみてください。それでうちのマッサージが良いと思ったら勉強してみてくださいね」と仰る狩野さん。「あぁ、そうか。今日はマッサージを体験するだけだった」とハッと気付いた自分がいました。
そしてマッサージを受けた後に湧き上がってきたのが、「やっぱりこの技術を習得したい!」という思い。そこで、サロンのテーブルでお茶をいただきながら、研修についての説明をうかがうことにしました。その時に、「いらっしゃいませ」と顔を出してくださったのが山口先生でした。狩野さんに「今度教育を受けてくださる方です」と紹介していただき、「そうなの。よろしくお願いしますね」と微笑んで挨拶を返してくださった姿がとても印象に残りました。優しそうで穏やかな感じ。それでいて尊さゆえの畏怖感のようなものも同時に覚えたからです。狩野さんから「私の先生なのよ」と説明を受け、「やっぱり、凄い人なんだ」と妙に納得する自分がいました。

☆マッサージを勉強して

狩野さんの施術を受けながら身体のメンテナンスをしてもらうのと同時に、マッサージの勉強が始まりました。自分の中で色々な変化が始まったのもこの時期だったように思います。一番初めに自分でも驚き、記憶に残っているのが初めて山口先生に“チューニング”のレッスンをしてもらった時のこと。まず、山口先生、狩野さん、山口先生のもう一人のお弟子さんの恵子さん。さらに、自分を含めた数人の生徒さんと全員でサロン二階の床にカーペットを敷き、その上に円になって座ります。そして、自分の両掌で丸く包むようにエネルギーを作って感じてみる。というワークをしたのです。
 それまでにも某アニメの影響などでエネルギーを両手の中に溜めてみるような真似事はしていましたが、意識してそれをしっかり感じ取るということは初めてでした。すぐに「何となく温かいな」という感じはしたのですが、より具体的な感覚について山口先生に尋ねられてさらに意識を集中してみると、「グレープフルーツ大の丸くて硬いエネルギー」を感じることができました。
 こうして日頃からエネルギーを具体的に感じ、その感覚をマッサージに取り入れていくこと。それが良いセラピーをするのに大事なことなのだと、この時に初めて知りました。そして、チューニングのレッスンが終わった後、みんなで円陣を組んだまま各自の自己紹介をすることになった時に不思議なことが起こりました。いざ、自分の番がまわってきて話をし始めた途端に、急に涙が溢れ出して止まらなくなってしまったのです。何か悲しい出来事や辛い想い出について話していたわけではなく、名前やここへ来た経緯、以前就いていた職業など単にプロフィールを話していただけなのに。そんな私の様子に周りの方も驚いたと思いますが、誰より自分自身が一番驚いていました。理由も思い当たらないのに涙がボロボロと流れ落ちるので、その時は、「どうしよう。止まらない。止めなくちゃ」と必死に涙を抑え込もうと焦るばかり。
けれど、山口先生は「大丈夫。いいのよ」と温かい眼差しで自然に涙が止まるまで待ってくださり、見守ってくださっていました。不思議なことに、山口先生の言葉に「大丈夫なんだ。いいんだ」と無理に止めようとするのをやめると、自然と涙が止まっていました。
 今思うと、あれは表面的な感情とは別の次元から来た涙であり、自分でも気づかないうちに溜め込んでいたマイナスのものを、泣くことで表に出して浄化するという作業だったのでしょう。それも、初めてお会いする方ばかりが集まる場所で……。
そのおかげで、良い意味で自分の殻が少し破けたような気がします。そして、自分というものを素直に出したとき、温かく受け入れてもらえる環境があるんだと、心から安心したことを覚えています。

それから、その日もう一つ驚いたことがあります。それはエネルギーワークで先生の“チューニング”を受け終ってから、もう一度、両方の手のひらで自分のエネルギーを意識してみた時のことでした。エネルギーの大きさや形は始めと同じだったのですが、触感がポワンポワンと柔らかく弾力のあるものに変化していたのです。それがどのような意味を持つのかはまだ解りませんが、その変化を感じ取ったときにとても嬉しく優しい気持ちになったのは確かでした。

 その後、セラピーの講義内容はますます深いものになっていきました。
「ファースト」では自分自身を整え、見つめ、浄化していくことをテーマに、呼吸法やストレッチ、エネルギーワークや写経。オイルを使った簡単なセルフマッサージなどを行います。次の段階の「セカンド」では、マッサージの手順を憶えて自分以外の人にマッサージをしていけるように、生徒さん同士で施術をしながら技術を習得していきました。そして練習を積んだことにより一定のレベルまで技術が上達すると、今度は狩野さんのお客様に協力していただき、体の一部分を施術させていただけるようにも。でも、せっかくそんなありがたい機会をいただいておきながら、当時の私は内面の葛藤にもがいて苦しみ、精神的にいっぱいいっぱいになっていたのも事実です。
「手が温かくならない。どうしよう」
「全然手順を憶えられないし、時間の配分もうまく出来ない」
「私みたいな者が人様にマッサージしていていいのだろうか?」
「お客様に気持ちいいと思っていただけているのだろうか」
「途中で集中力が切れてしまう。どうして他の人はあんなに上手くできるんだろう」
「マッサージは楽しいけれど、本当にやりたい事なのだろうか」
「私には向かないのかもしれない。続けられる自信がない」
「自分は何をしてるんだろう。本当はもっと別のことをしなくちゃダメなんじゃないか?」
自信のなさや不安、自分を卑下している感情がどんどん出てくるのです。
 そんな感情を救ってくれたのもまたマッサージを受けてくださった方や山口先生、狩野さん、恵子さんの言葉でした。
「沢山勉強して良いマッサージをしてね」
「温かい手をしていて気持ちいいよ」
「ありがとう。すっきりしたわ」
「一人ひとり違うエネルギーを持っているのだから、一人ひとり違う施術でいいのよ」
「焦らないでいいよ」
「だんだん上手くなってきたね」
「気持ちよくて眠っちゃった」
 結局そんな皆さんの温かい言葉と笑顔のおかげで勉強を続けることができ、やがてお客様からお金をいただいて施術をしても大丈夫、と山口先生からお墨付きを得るまでに成長することができました。でも、自分の中ではまだ納得いかないことも多く、
「本格的にマッサージを仕事にするのはまだ違う気がする」
「他にやり残したことがあるような気がする」
「このままでいいのかな?」とすっきりしない日々。そんなときにまた折よく山口先生から、「知り合いが介護施設を立ち上げることになって、そこでいま介護職員を募集しているんです。面接を受けてみない?」というオファーをいただいたのです。正直とまどいました。何故なら、以前の職場で自分のやりたい介護が出来ない現実にさんざん悩み、苦しんだからです。利用者さん一人一人としっかり向き合えない流れ作業的な現場。苦しい、辛いと苦悩している利用者さんに何もできない自分。それを仕方がないと思っている介護職員たち。疑問を持ちながら何も状況を変えられない自分……。そんな環境から逃げてきて、またそんな現場に戻ることへの躊躇があったのです
 でももう一度「会うだけでもあってみない?」と仰る山口先生に、思わず「じゃあ、会うだけ会ってみます」。そう答えた後に、あれ?なんで承諾しているんだろう。と思いつつも面接に行きました。そして結局、その施設で5年働かせていただくことになりました。

☆マッサージから一度離れてみて(加計呂麻島で学んだこと)

セラピストから転職して再び介護士へ。施設の立ち上げから携わった5年間の経験は、自分自身を大きく成長させてくれました。そして、その間にも狩野さんや恵子さんの施術で身体のメンテナンスをしつつ、山口先生のチューニングを受けてエネルギーをいただくなどして、皆さんとのお付き合いを続けていました。ですから色々な思い出があるのですが、なかでも忘れがたい経験をしたのが、2009年11月に加計呂麻島へご一緒させていただいた時のこと。2泊3日という短い旅でしたが、それは濃密なものでした。
まず加計呂麻島に着いて感動したのは海の美しさ。私は住んでいる場所柄あまり海になじみがなく、これまでに行ったことがあるのは、ちょっと磯の香りが強くてあまり綺麗とは言えない場所でした。そんなイメージが一気に覆るほど美しい光景に驚いたのを覚えています。磯臭さはなく逆にすっきりとした潮の香りと透明度の高い水。フェリーが到着した港の船の横には、鮮やかな青の小魚と小さなサンゴ……。また小高い山が直ぐそこに見えていても圧迫感はなくすっきりとしていて、青々と茂る木々と空の青さがキラキラしていたのも印象的でした。

加計呂麻島内は、奄美本島で借りた車で移動しました。くねくねした道路は少し地元の山道を思い出させましたが、道の両側に生えている木々はパパイヤやシダ系の植物や松など、ちょっと見慣れないものばかり。その景色にもまた心弾みました。時折見える山肌の土の感じも地元のものとは違い、そうした違和感はまさに別世界に居るような高揚感に。自分が今までいかに狭い世界にいたのか、こんな世界もあったのかと感動しました。

1日目に宿泊する民宿に到着し、民宿のご主人や女将さんの笑顔でのおもてなしに慣れていない自分は、戸惑いながらもホッと安心して緊張がほぐれたのを憶えています。到着するやいなやご主人から民宿のそばで釣りをしかけていたと説明され、すぐ道向こうの浜辺に作られた釣り場に行かせていただくと、竿にはハリセンボンが。これは食べられないからと海に戻そうとするご主人に、少しだけ手を止めることをお願いして写真を撮らせていただく。その光景を「何が珍しいのだろう?」という顔で見ている民宿の女将さん。そうした何でもないようなやり取りにすっかり癒されてしまいました。2日目にはまた違った民宿に泊まったのですが、1日目と同じように温かく迎え入れていただき、「受け入れてもらえる」ということがこんなにも安心できて嬉しいものだと実感しました。

とくに印象に残っているのは、2日目に山口先生が「一度さびれてしまったものの、ここは本来パワー漲る場所。再びもとのように立て直したい」との思いから再建に携わっているという、高千穂神社に伺ったときのことです。狭い道を通り抜け、小高い山の上へと到達するとその神社がありました。登っていく階段もお社もまだ整備途中。けれど松並木や境内から眺める景色、その場の空間からは神社そのものの澄み切ったエネルギーを感じ、清々しい気持ちになりました。当たり前のようですが、物事には始まりと終わりがあるもの。一度失ったものをまた始める事の大変さや尊さ、積み重ねていく事の必要性を感じました。ちょうど自分自身が介護施設の立ち上げから約1年、がむしゃらに働いていたことに再び疑問や不具合などを感じて悩んでいたのですが、少しずつでもしっかりとしたものをきちんと積み重ねていくことが大切なのだとここから学べたような気がします。
 また、3日目の朝、泊った民宿の近くの龍神様の神社へご挨拶に伺い、そこで山口先生からご神託をいただけたのも嬉しい出来事でした。憶えている内容は「ウタを作りなさい。言葉を学びなさい。言葉で伝える事を努力しなさい」というものでした。驚いたのは「ウタを作りなさい」という言葉。それまで山口先生に話した事は無かったのですが、実は昔から詩や小説などを趣味で書いていたのです。でも、この頃は時間も無かったうえに無駄なことだと思っていたので、書くことをずっと止めていました。けれど、山口先生の言葉を聞いた瞬間、「書いていていいんだ。書くことは間違いじゃなかった」と自分自身が否定していたものを肯定して受け入れてもらえた喜びでいっぱいになりました。

また同時に「言葉を学びなさい。言葉で伝える努力をしなさい」というメッセージもいただきました。この時はまだ解らなかったのですが、後々仕事をしていくうえでの支えや道標、示唆になったことに、今思うとただ驚くばかりです。
短い期間の加計呂麻島滞在でしたが、自分の知らない景色や空間を目の当たりにして、「自分がこの瞬間、この場所に存在しているのと同時に、世界じゅうの人々もそれぞれが各々の時間を努力しながら生きている。別の場所で生活していても、相手に関わろうとすれば受け入れられて一緒に存在できる」。当たり前なのかも知れませんが、そんなことに気付き、それが支えとして自分の中に入っていくようでした。そして山口先生ご自身だけでなくご神託からも私自身を肯定していただいたことで、自分に自信が持てるようになっていったのです。またこのときに山口先生が伝えてくださったご神託の後半の意味は、介護の現場に戻って数カ月しないうちにその重みと難しさを実感することになったのです。

☆マッサージで学んだこと、仕事での気付き

2度目の介護職の現場は、施設の立ち上げという面白みと遣り甲斐に溢れるものでした。一から作りだす事の楽しさと難しさ。また物質的なものだけでなく、目に見えない空間のエネルギーや空気など、言語や非言語によるコミュニケーションや共有作業の大切さ、重要性を学ばせていただきました。
 とくに介護の現場では仕事仲間はもちろん、仕事の対象となるのも「人」です。その「人」と接する中で一番大切なのが、「言葉」でした。言葉のトーン。言葉掛けのタイミング。言葉の抑揚や雰囲気etc.……。何より大切で難しいのが、相手に伝える内容と言いまわし、言葉の選び方でした。同じ内容でも言葉の選び方を誤ると上手く伝わらなかったり、相手を怒らせてしまったり。理解してもらえず仕事に支障が出たり、誤解されたり。とくに責任者という立場で、施設の内外を問わず一日に何人もの方とコミュニケーションを図ったり、職員の指導や教育もさせていただいたりしていた私は、「言葉」に対してことさらに神経を使っていました。そうして常に神経を使っているとエネルギーの消耗が激しいため、月に2回は狩野さんに身体のメンテナンスとエネルギーチャージをしていただいていました。
やがて「言葉」を上手く使いこなせるようになった頃、それも狩野さんのところへ1か月以上通えなかったときに、ふと重要なことに気付きました。
それは、「自分のエネルギーが消耗していると態度や言葉に重みがなくなり、同じように話しているつもりでも全く伝わらない。それどころか、職場の空気や雰囲気を悪くしてしまう。業務も上手く流れていかない」ということでした。

 介護は1人で行うものではなく周りと協力しないとうまく事が運びません。もちろん介護自体はマンツーマンで行いますが、より良い介護をするための意見や情報交換をはじめ、介護報告の授受といった介護者どうしのフォローなどは、コミュニケーション力が肝となります。また、大変そうな現場には様子を見に行って指導したり、今後の方針を決め直したり。そのために外部との連携を計ったり。そういったことをするなかで、同じようにしていてもエネルギーがあるときと無いときとでは、その場の雰囲気や相手の顔色がまったく違うことに気付いたのです。
 エネルギーは言葉に乗せて伝えられるのかもしれない。そう気付いてからはその場の空気や流れが良くなるように意識し、良い想いを乗せて言葉を伝えるようにと心がけるうちに、穏やかな空間が出来るようになりました。

 施設の立ち上げから5年間。数多くの経験を経るうちに学んだのは、「エネルギーは言葉や空間から伝わるもので、伝え方次第で流れるように丸く穏やかなエネルギーを相手に届けることができる」ということ。その為には否定も肯定もせず、ただ信じて任せて、受け入れること。そして、自分自身がしっかりと芯をもって揺るがずにいること。そんな気付きを得ることができたのも、介護の現場に戻る前にマッサージの勉強の中で感じたことや得たものが基本となって支えてくれていたおかげなのです。

現在、立ち上げから5年間務めた職場を2013年に離職して、今度はメイプルさんのセラピストとして一から学ばせて貰っています。
初めてセラピーの仕事をした頃からだいぶ間があいてしまっていますが、これまでに積み重ねてきたものや気付いたことを生かし、この先へ繋げられるように。そして今まで以上に自分自身を見つめ、解放と浄化、許しのプロセスをふんでいきながら、今度はセラピストとしての自分の役割を感謝と喜びとともに行っていきたいと思っています。

2014.12.12. 更新