山口弘美のチューニングセラピー

心と身体の美を追求するセラピスト

山口弘美のチューニングセラピー -独立者の声-

山口弘美のチューニングセラピー -独立者の声-

井ノ上ふみ

☆弘美先生との出会いから加計呂麻島へ~

5年前の春、初めて山口弘美先生と出会いました。
当時私が勤めていたサロンの新しい経営者として弘美先生がいらっしゃったのです。
先生と初めて会った時「あれっ!この人今まで会ったセラピストとなにか違う!!」
ピーン!とくるものがありました。私のその直感は当たっていました。というのも弘美先生の提唱する「チューニングセラピー」は、今まで私が出会ったどんなセラピーよりユニークなものだったのです。
まず「チューニングって何だ!?」と思いますよね。
これは簡単にいえば調和というような意味。ですから、チューニングセラピーとは一般的に行われているように物理的な力やテクニックに頼る施術とは一味違います。具体的にいうと、“宇宙から注がれている無限のエネルギーを自分の体に取り込み、自分がそのエネルギーの媒体となってお客様と施術者、相互にエネルギーを循環させる”という理論をもとにしたオイルマッサージなのです。

そんな「チューニングセラピー」に出会ったのは、セラピストになって5年目を迎え、技術的には問題なく仕事をしていた私が「さらにその上のクオリティを目指すには?」とちょうど考え初めていた時でした。そのため目には見えない「エネルギー」や「気」「潜在意識」といったものにアプローチする方法に私は興味津々。即座に「これだ!!」と前のめりになったのを覚えています。
この施術を行うなかで一番不思議だったのは、「チューニングセラピー」はエネルギーを循環させるというセラピーなので、施術すればするだけセラピストが元気になるということでした。最初は「え~!!そんな事ありえないでしょ」と半身半疑だった私でしたが、実際にやってみると施術後確かに体がスッキリ!! あまりセラピーの出来ない日など、逆に体が重たく感じるようになっていたのです。

でもひとつ問題がありました。「チューニングセラピー」がそういったエネルギー循環型のセラピーであるために、自分自身の体を常にエネルギーの通りやすい体に保たなくてはならないということでした。他人の邪気やPCの電磁波、体内毒素など、体にマイナスになるようなものをためこんだ体では、エネルギーを上手く循環することができません。それらを定期的に浄化することが必要になってくるのです。

☆加計呂麻島でのデトックス

そんな心身の浄化に最適なのが、加計呂麻島という場所だということ。人の出入りが少なく開発の波に全く毒されていない加計呂麻島は、その島全体がエネルギーの塊のようなもの。その島に身を置くだけで……、ただ呼吸するだけで……。細胞のひとつひとつに未知のエネルギーが注ぎこまれるので、心身を強力に浄化することができるというのです。セラピストにとって大切な心身のメンテナンスが「な~んだ、この島に行くだけでいいのかぁ」と。そんな軽い気持ちで2012年の11月に、初めて加計呂麻島に足を運ぶこととなったのです。

加計呂麻島は奄美大島の南側に位置し、面積77,5k㎡、人口約1500人。島の中心には鬱蒼とした森が繁り、人間の侵入をかたくなに拒むような神秘的なムードを漂わせていました。南の島ですが明るいリゾートではありません。
初めて加計呂島の港に到着した私は、周囲の海よりも目の前に広がる森に目が行き、何万年、何億年もの歴史が何かを訴えかけてくるのを感じました。「なんだか妖怪とか妖精とか……、絶対住んでそう!」思わずそう口にしたのを覚えています。そこには今まで行ったことのある日本中のどこにもない空気感がありました。いわば50年前の日本にタイムスリップしたかのよう、とでもいうのでしょうか。
また、秘境ともいわれる地だけに印象的だったのは、とにかく街に何もないこと。ちょっとお腹がすいたと思っても、気軽に立ち寄れるお店やコンビニはありません。ランチに行くとしても食事処の場所をあらかじめリサーチしておき、予約を入れてから。都会のようにふらっと足を向ける、というわけにはいきません。
交通手段はマイカーかバス。バスは1日に数本しか走っていないうえ、ルートもかなり限られています。そのため、走っている加計呂麻バスに出会うことはかなりレアな体験だといえるほど。一度停車している加計呂麻バスを見つけて、珍しさのあまりパシャパシャと写真を撮ったことがありました。ですから、マイカーがなくバスも万一乗り過ごしてしまったら……。交通手段は徒歩だけです。当たり前ながら、その不便さに驚いたものです。
そんな1度目の加計呂麻では、思い切り海を満喫しました。徳浜にあるペンションに泊まり、シュノ―ケリングをやったり、砂に埋まってデトックスしたり、時には何もしないでボーッと穏やかな海を見つめ、いつの間にか寝てしまったり。思う存分にリラックスしたと思います。
 ですが正直、その初回の旅行の中では、自分が浄化されたという感覚や自覚を感じることは全くありませんでした。私が本当に心も体も軽くなったなぁ~と心から感じたのは、2014年3月、2回目に加計呂麻島を訪れた時でした。             続く

池田珠生

☆チューニングセラピーに出会って 

私は長年中学校で数学を教えてきました。右手を高く上げて黒板に数式や図形を書いてきたためでしょうか、10年くらい前からひどい首や肩の痛みに悩まされるようになりました。整形外科、カイロプラクティック、ハリ、整体、マッサージなど様々なところに通いましたが、なかなか良くなりませんでした。
そんななか、最後にようやく出会えたのが山口弘美先生の「チューニングセラピー」でした。ラベンダーの香りのベタベタしない上質なオイルで、老廃物をリンパ節に流してくれる全身のオイルマッサージです。
他のマッサージ店で施術を受けた時はコリ返しがあり、よけいひどくなることもあったのですが、弘美先生の施術にはまったくそれがなく、心身共に本当にリラックスできました。

「チューニングセラピー」は、単なるマッサージとは違います。セラピストを通して、宇宙に存在している「気のエネルギー」を身体に補うマッサージなのです。そして「チューニング」とは、「心と体と魂のバランスをとる=調律する」ということなのです。
そんな風にマッサージをしながら、やさしく教えてくださる弘美先生のお話は、いちいち納得がいくものであり、体だけでなく心もほぐれていくようでした。実際に、体の調子が良くなっていくのと同時に、ストレスで固くなってしまっていた心までも柔らかくなっていったのです。

母の影響からか、昔から私たち人間は神様に守られているのだ、という思いはありました。しかし、今一歩信じきれない自分がいたのも事実でした。でも不思議とこの「チューニングセラピー」を受けた後は、心と体のバランスがとれたからか、自分は神様に抱かれているのだと素直に思えるようになりました。お腹の中に温かい何かが、すっと入ったような気がするのです。
そうして心も体も軽くなってきた途端、私の人生もまた変わり始めました、周りの環境も少しずつ良い方へ向かっていきました。「チューニングセラピー」はよく「開運マッサージ」だと言われますが、まさにその通りの出来事が色々起こり始めたのです。
こんなことをいうと変な宗教なのかと誤解されてしまうかもしれません。でも実際のところ、人が本来持っているエネルギーを引き出すことができる素晴らしいセラピーなのです。ですから、是非皆さんにも体験していただきたいというのが、経験者である私の願いです。
☆素晴らしいセラピーを伝えていきたい

この混沌とした現代社会を生きるのはとても辛いことです。私も知らず知らずのうちに心にストレスを溜め込んでいたよう。そんな今こそ多くの人たちに、この「チューニングセラピー」の素晴らしさを伝えたいと思っています。そして、人間も自然の一部であり、自然=神様からのエネルギーを得ると心も体も柔らかく生きられるのだということを、皆さんにも体感してみていただきたいのです。

私はいま51歳です。人生はもう折り返し地点を過ぎました。残りの人生があとどれくらいあるのか分かりませんが、この「チューニングセラピー」に出えたのは本当に幸せなこと。ですから、これからも教師を続けながら、一人前のチューニングセラピストになるために修行に励んでいくつもりです。私にできるのはほんのわずかなことでしょう。でも、この「チューニングセラピー」を通して私に何かできることがあるのなら。私の周りの人たちや、大げさかもしれませんがこの大好きな日本や地球のために、自分なりに尽くしていきたいと思っています。

狩野順子

☆山口先生との出会い

私の人生は、山口先生との出会いで大きな転機を迎えました。それは2000年の6月、私が40歳の時のこと。ある方の紹介で群馬県前橋市にあるサロンへ連れて行っていただいたのが、これから私に起こる全ての始まりでした。
実はその1ヶ月前に、私は不思議な経験をしていました。小春日和のとても気持ちのいい日に田舎道を車で走っていた時です。ボンネットのはるか向こうに、天から光の帯がキラキラと、とても綺麗に舞い降りてきたのです。
それは「わあ~綺麗! 何だろう?今の光は」と声に出してしまうほどの美しい光景で、15年経った今でも、しっかりとまぶたに焼き付いています。そんな印象的な光景に出会ったその日に、知人から山口先生とのご縁を繋げるきっかけをいただいたのでした。

それからほどなくして山口先生にお会いすることになりましたが、先生は私に会うなり開口一番に「狩野さん、エネルギーがスカスカですよ」と私に仰いました。私は意味が分からず「一体どういうことですか?」と伺うと、「電気だってコンセントを差し込んでいなければ点かないでしょう」と仰る先生。「隣にいるだけで分かるのかしら?」と不思議に思ったことと、エネルギーという言葉にとても興味が湧いたことを覚えています。そして、「どうしたらいいですか?」と質問した私に先生は、「後日、改めて私の施術を受けてみてください」と仰いました。

☆勉強と独立
6~8月の2ヶ月間に集中して10回ほど山口先生の施術を受け、まずは自分の心身を整えました。その結果、私も施術を習いたいという思いがむくむくと湧き上がってきて、「それでは9月から勉強に入りましょう」と言っていただいたのですが……。その矢先に四十肩の激痛が起こり、左半身と腕や首、肩が動かすことができずに夜も眠れない日々が続くという問題が勃発。それで悩んだ末に先生に電話で相談すると、「狩野さんが本気でこの仕事に入ると決めたからですよ」と仰ったのです。この時に、心と体と魂とは繋がっていて、三位一体になっているのだということを初めて知り、また体感することができたように思います。そして後日、先生の施術を受けた時、オイルとエネルギーのおかげで痛みがとても和らいだことに驚き、ますます施術への興味が強くなっていったのです。ちなみにこのときの痛みの感覚と先生の施術方法は、今に至るまで私が施術をするうえでの重要なヒントになっています。

それから先生のもとで浄化と充電を繰り返しながら技術や接客、人として大切なことなどたくさん勉強させていただきました。入門してから2年ほど経ち、ようやく私も一人前になってきたかもしれないと自信がつくようになった頃、「独立してみたらどう?」と先生からアドバイスをしていただきました。それを聞いて、サロンで一スタッフとして働かせ続けるのではなく、私の独立を後押ししてくださるんだということにまず驚いたのとともに、先生は「世の中に一人でも多く、各場所で活躍するセラピストを育てたい」と本気で思っていらっしゃるんだと感動しました。
やがて、母が一人暮らしをしていた実家の一部屋を借り、曲がりなりにも一人で仕事を始めてみることにしました。そこは田舎の古い農家ではありましたが、お客様は口コミでどんどん増えていき、毎日絶え間なく、台風でも大雪の日でも足を運んでくださったのです。ある時などあまりの大雪に、「こんな雪ですから今日はやめましょう」と私から連絡すると、「私は四駆で伺いますから、狩野さんさえよろしければ予定通りにお願いします」とお返事をいただいたとき、本当にありがたいと涙が溢れたものです。こうしたお客様のためにも、さらにパワーアップしてよりよい施術をしていこう、と決意した出来事でした。

☆セントラル前橋店オープン

それからほどなくして、セントラルスポーツクラブ前橋店のテナントとしてメイプルが入ることとなりました。先生はその頃、長期にわたって奈良に行っていらしたので、私が立ち上げを任されることに。やりがいのある初めての大きな仕事に発奮し、先生や仲間の協力を得ながら店内を整えてスタッフを募集し、キャンペーンやメニューの考案、目標の設定etc.……。やるべきことを自分なりに必死でやってきたつもりでしたが、いざオープンしてみると全ての面においてガタガタで、私は店長でありながらもまだまだ未熟な状態であるということが浮き彫りに。私にはスタッフをまとめる力も率先して自らが動く意欲、売り上げを伸ばす力も何もなかったのです。偉そうに指示を出したりシフトを組んだり、新たなキャンペーンを打ち出したりしても何もうまくいかず、その時は自分の何が原因かも分からずにただただもがいていました。そして日々スタッフからの不満ばかりが募るという状態の中、皆私から遠のいていきました。
 そんな私を見るに見かねた先生のご配慮によって本店に戻り、今度はインストラクターとして教育に携わらせていただくことに。でもそんなチャンスをいただいたのにも関わらず、一生懸命にトライしては越えられない壁に悩み苦しみ続けるばかり。私は自己卑下の塊と化していきました。私はダメ人間でグズで泣き虫、頭も悪い。そのくせ失敗したくないし人に笑われたくないし、認められたい。でも結果は出せず、お客様や先生からの評価が怖い。こんな私がセラピストに、ましてやインストラクターになどなれるわけがない。こんなに頑張っているのに誰も分かってくれない……と。そしてそんなマイナス思考が限界に達した頃、「もう教育は私にはできません。お客様の施術だけをさせてください」と先生に訴えてしまいました。かなり精神的にへこんで自暴自棄になっていたのです。

☆加計呂麻島と私
そんな私を救ってくれたのが、神々の島と呼ばれる加計呂麻島でした。
山口先生に誘っていただいたことから何度も通うようになったのですが、大自然本来の力が溢れているその島へと足を運ぶ度に、海や木々や空や太陽が心身のエネルギーのデトックス&チャージをしてくれるのです。そのパワフルな癒しによっていつしか私自身の中に、「本来の自分を取り戻してその変化に気付き、心から感謝が溢れ出す」という良い循環が起きていることに気付きます。あれだけネガティブだった私が……、まさに脱皮して生まれ変わったような感覚とでもいえばよいのでしょうか。そしてさらに、とても大きな勘違いをしていたことにも気が付きました。それは、「もっともっと頑張らなくちゃ。ちゃんといい人にならなくちゃ。成果を出さなきゃ。期待に応えなきゃ。そうやって自分をがんじがらめに縛って勝手にへこみ、動けなくしていたのは、他の誰でもない自分自身だった!」ということでした。そして何よりの一番大きな気付きは、
「教育はできません。お客様の施術だけをさせてください」と先生に訴えた私の傲慢さと我の強さでした。働く場所を与えていただいているだけでなく、仲間との信頼関係を築き上げることができる素晴らしい環境で、毎日お客様の施術をさせていただけて、支え合う家族や先を照らしてくれる師匠がいて。何よりこの健康な体がある。「足るを知る」ことをすっかり忘れて、自分は一体何様だったんだ、と。

☆そして、これから
私は20歳の頃にある冊子に載せた作文に、「私の夢は白いTシャツとジーンズ姿でもカッコイイ大人の女性になることです」と書いたことがありました。今でもその目標は変わっていません。そうして自分らしく生きていつか死を迎える時、「ああ、いい人生だった」と思えるように、これからも本分に従って生きていきたいと思います。その本分とは、この施術を通して周囲に愛と調和の輪を広げていくこと。そんな「花咲かばあさん」を目指して、今日もまた心を込めてお客様一人一人の施術に励みます。

K.Y

☆マッサージをはじめたきっかけ

2007年のまだ暑さの残る時期だったでしょうか。
きっかけは親しくしている喫茶店のオーナーさんからの提案でした。
「ねぇ。マッサージの勉強受けてみない? 私が通っているリンパマッサージのサロンで生徒さん募集しているみたいなのよ」
 その当時の私は、介護の専門学校を卒業してすぐに就職した施設で介護士として働いており、自分の理想とする介護の在り方について考えながら、自分なりにサービスをよりよくするための努力を重ねる日々を送っていました。しかし、三年・四年と介護をしていくうちに、だんだん深まっていく理想と現実とのギャップ。いつしか仕事そのものに対して違和感を感じるようになり、介護の世界で働く意欲も薄らぐようになっていったのです。そうして仕事を始めてから五年目を過ぎた頃、悩んだ末に介護職を離職。オーナーさんから思いがけず声をかけられたのは、ちょうどその頃のことでした。
「その仕事、Yちゃんに合っていると思うのよね。一度試しに先生からマッサージを受けてみて、気に入ったら勉強してみれば?」
 もともとマッサージや整体、指圧などに興味があって、機会があれば勉強してみたいと思っていた矢先の提案に、私はすぐに飛びつきました。それで「善は急げ」ということでその場で予約を入れてもらい、紹介してくださったオーナーさんと一緒にサロンへ行くことになったのです。その時の私はすでに勉強する気満々で、「マッサージが出来るようになれば、お年寄りが抱える症状や痛みを軽減するためのサポートができるかもしれない。一生懸命に勉強して自分のスキルアップに繋げよう!」とワクワクしながらサロンに行く日を楽しみにしていました。
 予約当日、喫茶店から車でそれほど遠くない住宅地の真ん中に、そのサロンはありました。横の駐車スペースに車を止め、玄関に回り込みドアを開けた瞬間に、「あぁ、ここで勉強するんだ」という期待感が胸にこみ上げてきたことを今でもはっきり覚えています。出迎えてくださったのは穏やかそうな優しそうな女性。オーナーさんに「狩野さんよ」と紹介され、「はい。よろしくお願いします」と今すぐにでも勉強を始める気満々の自分に、「とりあえず、マッサージを受けてみてください。それでうちのマッサージが良いと思ったら勉強してみてくださいね」と仰る狩野さん。「あぁ、そうか。今日はマッサージを体験するだけだった」とハッと気付いた自分がいました。
そしてマッサージを受けた後に湧き上がってきたのが、「やっぱりこの技術を習得したい!」という思い。そこで、サロンのテーブルでお茶をいただきながら、研修についての説明をうかがうことにしました。その時に、「いらっしゃいませ」と顔を出してくださったのが山口先生でした。狩野さんに「今度教育を受けてくださる方です」と紹介していただき、「そうなの。よろしくお願いしますね」と微笑んで挨拶を返してくださった姿がとても印象に残りました。優しそうで穏やかな感じ。それでいて尊さゆえの畏怖感のようなものも同時に覚えたからです。狩野さんから「私の先生なのよ」と説明を受け、「やっぱり、凄い人なんだ」と妙に納得する自分がいました。

☆マッサージを勉強して

狩野さんの施術を受けながら身体のメンテナンスをしてもらうのと同時に、マッサージの勉強が始まりました。自分の中で色々な変化が始まったのもこの時期だったように思います。一番初めに自分でも驚き、記憶に残っているのが初めて山口先生に“チューニング”のレッスンをしてもらった時のこと。まず、山口先生、狩野さん、山口先生のもう一人のお弟子さんの恵子さん。さらに、自分を含めた数人の生徒さんと全員でサロン二階の床にカーペットを敷き、その上に円になって座ります。そして、自分の両掌で丸く包むようにエネルギーを作って感じてみる。というワークをしたのです。
 それまでにも某アニメの影響などでエネルギーを両手の中に溜めてみるような真似事はしていましたが、意識してそれをしっかり感じ取るということは初めてでした。すぐに「何となく温かいな」という感じはしたのですが、より具体的な感覚について山口先生に尋ねられてさらに意識を集中してみると、「グレープフルーツ大の丸くて硬いエネルギー」を感じることができました。
 こうして日頃からエネルギーを具体的に感じ、その感覚をマッサージに取り入れていくこと。それが良いセラピーをするのに大事なことなのだと、この時に初めて知りました。そして、チューニングのレッスンが終わった後、みんなで円陣を組んだまま各自の自己紹介をすることになった時に不思議なことが起こりました。いざ、自分の番がまわってきて話をし始めた途端に、急に涙が溢れ出して止まらなくなってしまったのです。何か悲しい出来事や辛い想い出について話していたわけではなく、名前やここへ来た経緯、以前就いていた職業など単にプロフィールを話していただけなのに。そんな私の様子に周りの方も驚いたと思いますが、誰より自分自身が一番驚いていました。理由も思い当たらないのに涙がボロボロと流れ落ちるので、その時は、「どうしよう。止まらない。止めなくちゃ」と必死に涙を抑え込もうと焦るばかり。
けれど、山口先生は「大丈夫。いいのよ」と温かい眼差しで自然に涙が止まるまで待ってくださり、見守ってくださっていました。不思議なことに、山口先生の言葉に「大丈夫なんだ。いいんだ」と無理に止めようとするのをやめると、自然と涙が止まっていました。
 今思うと、あれは表面的な感情とは別の次元から来た涙であり、自分でも気づかないうちに溜め込んでいたマイナスのものを、泣くことで表に出して浄化するという作業だったのでしょう。それも、初めてお会いする方ばかりが集まる場所で……。
そのおかげで、良い意味で自分の殻が少し破けたような気がします。そして、自分というものを素直に出したとき、温かく受け入れてもらえる環境があるんだと、心から安心したことを覚えています。

それから、その日もう一つ驚いたことがあります。それはエネルギーワークで先生の“チューニング”を受け終ってから、もう一度、両方の手のひらで自分のエネルギーを意識してみた時のことでした。エネルギーの大きさや形は始めと同じだったのですが、触感がポワンポワンと柔らかく弾力のあるものに変化していたのです。それがどのような意味を持つのかはまだ解りませんが、その変化を感じ取ったときにとても嬉しく優しい気持ちになったのは確かでした。

 その後、セラピーの講義内容はますます深いものになっていきました。
「ファースト」では自分自身を整え、見つめ、浄化していくことをテーマに、呼吸法やストレッチ、エネルギーワークや写経。オイルを使った簡単なセルフマッサージなどを行います。次の段階の「セカンド」では、マッサージの手順を憶えて自分以外の人にマッサージをしていけるように、生徒さん同士で施術をしながら技術を習得していきました。そして練習を積んだことにより一定のレベルまで技術が上達すると、今度は狩野さんのお客様に協力していただき、体の一部分を施術させていただけるようにも。でも、せっかくそんなありがたい機会をいただいておきながら、当時の私は内面の葛藤にもがいて苦しみ、精神的にいっぱいいっぱいになっていたのも事実です。
「手が温かくならない。どうしよう」
「全然手順を憶えられないし、時間の配分もうまく出来ない」
「私みたいな者が人様にマッサージしていていいのだろうか?」
「お客様に気持ちいいと思っていただけているのだろうか」
「途中で集中力が切れてしまう。どうして他の人はあんなに上手くできるんだろう」
「マッサージは楽しいけれど、本当にやりたい事なのだろうか」
「私には向かないのかもしれない。続けられる自信がない」
「自分は何をしてるんだろう。本当はもっと別のことをしなくちゃダメなんじゃないか?」
自信のなさや不安、自分を卑下している感情がどんどん出てくるのです。
 そんな感情を救ってくれたのもまたマッサージを受けてくださった方や山口先生、狩野さん、恵子さんの言葉でした。
「沢山勉強して良いマッサージをしてね」
「温かい手をしていて気持ちいいよ」
「ありがとう。すっきりしたわ」
「一人ひとり違うエネルギーを持っているのだから、一人ひとり違う施術でいいのよ」
「焦らないでいいよ」
「だんだん上手くなってきたね」
「気持ちよくて眠っちゃった」
 結局そんな皆さんの温かい言葉と笑顔のおかげで勉強を続けることができ、やがてお客様からお金をいただいて施術をしても大丈夫、と山口先生からお墨付きを得るまでに成長することができました。でも、自分の中ではまだ納得いかないことも多く、
「本格的にマッサージを仕事にするのはまだ違う気がする」
「他にやり残したことがあるような気がする」
「このままでいいのかな?」とすっきりしない日々。そんなときにまた折よく山口先生から、「知り合いが介護施設を立ち上げることになって、そこでいま介護職員を募集しているんです。面接を受けてみない?」というオファーをいただいたのです。正直とまどいました。何故なら、以前の職場で自分のやりたい介護が出来ない現実にさんざん悩み、苦しんだからです。利用者さん一人一人としっかり向き合えない流れ作業的な現場。苦しい、辛いと苦悩している利用者さんに何もできない自分。それを仕方がないと思っている介護職員たち。疑問を持ちながら何も状況を変えられない自分……。そんな環境から逃げてきて、またそんな現場に戻ることへの躊躇があったのです
 でももう一度「会うだけでもあってみない?」と仰る山口先生に、思わず「じゃあ、会うだけ会ってみます」。そう答えた後に、あれ?なんで承諾しているんだろう。と思いつつも面接に行きました。そして結局、その施設で5年働かせていただくことになりました。

☆マッサージから一度離れてみて(加計呂麻島で学んだこと)

セラピストから転職して再び介護士へ。施設の立ち上げから携わった5年間の経験は、自分自身を大きく成長させてくれました。そして、その間にも狩野さんや恵子さんの施術で身体のメンテナンスをしつつ、山口先生のチューニングを受けてエネルギーをいただくなどして、皆さんとのお付き合いを続けていました。ですから色々な思い出があるのですが、なかでも忘れがたい経験をしたのが、2009年11月に加計呂麻島へご一緒させていただいた時のこと。2泊3日という短い旅でしたが、それは濃密なものでした。
まず加計呂麻島に着いて感動したのは海の美しさ。私は住んでいる場所柄あまり海になじみがなく、これまでに行ったことがあるのは、ちょっと磯の香りが強くてあまり綺麗とは言えない場所でした。そんなイメージが一気に覆るほど美しい光景に驚いたのを覚えています。磯臭さはなく逆にすっきりとした潮の香りと透明度の高い水。フェリーが到着した港の船の横には、鮮やかな青の小魚と小さなサンゴ……。また小高い山が直ぐそこに見えていても圧迫感はなくすっきりとしていて、青々と茂る木々と空の青さがキラキラしていたのも印象的でした。

加計呂麻島内は、奄美本島で借りた車で移動しました。くねくねした道路は少し地元の山道を思い出させましたが、道の両側に生えている木々はパパイヤやシダ系の植物や松など、ちょっと見慣れないものばかり。その景色にもまた心弾みました。時折見える山肌の土の感じも地元のものとは違い、そうした違和感はまさに別世界に居るような高揚感に。自分が今までいかに狭い世界にいたのか、こんな世界もあったのかと感動しました。

1日目に宿泊する民宿に到着し、民宿のご主人や女将さんの笑顔でのおもてなしに慣れていない自分は、戸惑いながらもホッと安心して緊張がほぐれたのを憶えています。到着するやいなやご主人から民宿のそばで釣りをしかけていたと説明され、すぐ道向こうの浜辺に作られた釣り場に行かせていただくと、竿にはハリセンボンが。これは食べられないからと海に戻そうとするご主人に、少しだけ手を止めることをお願いして写真を撮らせていただく。その光景を「何が珍しいのだろう?」という顔で見ている民宿の女将さん。そうした何でもないようなやり取りにすっかり癒されてしまいました。2日目にはまた違った民宿に泊まったのですが、1日目と同じように温かく迎え入れていただき、「受け入れてもらえる」ということがこんなにも安心できて嬉しいものだと実感しました。

とくに印象に残っているのは、2日目に山口先生が「一度さびれてしまったものの、ここは本来パワー漲る場所。再びもとのように立て直したい」との思いから再建に携わっているという、高千穂神社に伺ったときのことです。狭い道を通り抜け、小高い山の上へと到達するとその神社がありました。登っていく階段もお社もまだ整備途中。けれど松並木や境内から眺める景色、その場の空間からは神社そのものの澄み切ったエネルギーを感じ、清々しい気持ちになりました。当たり前のようですが、物事には始まりと終わりがあるもの。一度失ったものをまた始める事の大変さや尊さ、積み重ねていく事の必要性を感じました。ちょうど自分自身が介護施設の立ち上げから約1年、がむしゃらに働いていたことに再び疑問や不具合などを感じて悩んでいたのですが、少しずつでもしっかりとしたものをきちんと積み重ねていくことが大切なのだとここから学べたような気がします。
 また、3日目の朝、泊った民宿の近くの龍神様の神社へご挨拶に伺い、そこで山口先生からご神託をいただけたのも嬉しい出来事でした。憶えている内容は「ウタを作りなさい。言葉を学びなさい。言葉で伝える事を努力しなさい」というものでした。驚いたのは「ウタを作りなさい」という言葉。それまで山口先生に話した事は無かったのですが、実は昔から詩や小説などを趣味で書いていたのです。でも、この頃は時間も無かったうえに無駄なことだと思っていたので、書くことをずっと止めていました。けれど、山口先生の言葉を聞いた瞬間、「書いていていいんだ。書くことは間違いじゃなかった」と自分自身が否定していたものを肯定して受け入れてもらえた喜びでいっぱいになりました。

また同時に「言葉を学びなさい。言葉で伝える努力をしなさい」というメッセージもいただきました。この時はまだ解らなかったのですが、後々仕事をしていくうえでの支えや道標、示唆になったことに、今思うとただ驚くばかりです。
短い期間の加計呂麻島滞在でしたが、自分の知らない景色や空間を目の当たりにして、「自分がこの瞬間、この場所に存在しているのと同時に、世界じゅうの人々もそれぞれが各々の時間を努力しながら生きている。別の場所で生活していても、相手に関わろうとすれば受け入れられて一緒に存在できる」。当たり前なのかも知れませんが、そんなことに気付き、それが支えとして自分の中に入っていくようでした。そして山口先生ご自身だけでなくご神託からも私自身を肯定していただいたことで、自分に自信が持てるようになっていったのです。またこのときに山口先生が伝えてくださったご神託の後半の意味は、介護の現場に戻って数カ月しないうちにその重みと難しさを実感することになったのです。

☆マッサージで学んだこと、仕事での気付き

2度目の介護職の現場は、施設の立ち上げという面白みと遣り甲斐に溢れるものでした。一から作りだす事の楽しさと難しさ。また物質的なものだけでなく、目に見えない空間のエネルギーや空気など、言語や非言語によるコミュニケーションや共有作業の大切さ、重要性を学ばせていただきました。
 とくに介護の現場では仕事仲間はもちろん、仕事の対象となるのも「人」です。その「人」と接する中で一番大切なのが、「言葉」でした。言葉のトーン。言葉掛けのタイミング。言葉の抑揚や雰囲気etc.……。何より大切で難しいのが、相手に伝える内容と言いまわし、言葉の選び方でした。同じ内容でも言葉の選び方を誤ると上手く伝わらなかったり、相手を怒らせてしまったり。理解してもらえず仕事に支障が出たり、誤解されたり。とくに責任者という立場で、施設の内外を問わず一日に何人もの方とコミュニケーションを図ったり、職員の指導や教育もさせていただいたりしていた私は、「言葉」に対してことさらに神経を使っていました。そうして常に神経を使っているとエネルギーの消耗が激しいため、月に2回は狩野さんに身体のメンテナンスとエネルギーチャージをしていただいていました。
やがて「言葉」を上手く使いこなせるようになった頃、それも狩野さんのところへ1か月以上通えなかったときに、ふと重要なことに気付きました。
それは、「自分のエネルギーが消耗していると態度や言葉に重みがなくなり、同じように話しているつもりでも全く伝わらない。それどころか、職場の空気や雰囲気を悪くしてしまう。業務も上手く流れていかない」ということでした。

 介護は1人で行うものではなく周りと協力しないとうまく事が運びません。もちろん介護自体はマンツーマンで行いますが、より良い介護をするための意見や情報交換をはじめ、介護報告の授受といった介護者どうしのフォローなどは、コミュニケーション力が肝となります。また、大変そうな現場には様子を見に行って指導したり、今後の方針を決め直したり。そのために外部との連携を計ったり。そういったことをするなかで、同じようにしていてもエネルギーがあるときと無いときとでは、その場の雰囲気や相手の顔色がまったく違うことに気付いたのです。
 エネルギーは言葉に乗せて伝えられるのかもしれない。そう気付いてからはその場の空気や流れが良くなるように意識し、良い想いを乗せて言葉を伝えるようにと心がけるうちに、穏やかな空間が出来るようになりました。

 施設の立ち上げから5年間。数多くの経験を経るうちに学んだのは、「エネルギーは言葉や空間から伝わるもので、伝え方次第で流れるように丸く穏やかなエネルギーを相手に届けることができる」ということ。その為には否定も肯定もせず、ただ信じて任せて、受け入れること。そして、自分自身がしっかりと芯をもって揺るがずにいること。そんな気付きを得ることができたのも、介護の現場に戻る前にマッサージの勉強の中で感じたことや得たものが基本となって支えてくれていたおかげなのです。

現在、立ち上げから5年間務めた職場を2013年に離職して、今度はメイプルさんのセラピストとして一から学ばせて貰っています。
初めてセラピーの仕事をした頃からだいぶ間があいてしまっていますが、これまでに積み重ねてきたものや気付いたことを生かし、この先へ繋げられるように。そして今まで以上に自分自身を見つめ、解放と浄化、許しのプロセスをふんでいきながら、今度はセラピストとしての自分の役割を感謝と喜びとともに行っていきたいと思っています。

小山千草

☆チューニングセラピーとの出会い

私が初めて“チューニングセラピー”を勉強したのは、2012年の春のことでした。その前年に、高崎店店長の高橋さんが学んでいたセラピーのモデルになった時、「あなたもセラピーの研修を受けてみない?」」と勧められたのがきっかけで、セラピスト養成講座を受講することになったのです。その内容はというと『自分の心身のデトックス』がメインだったため、呼吸法を教わったりセラピーを受けたりして、まずは自分の体や心の状態に気付くということから学び始めました。その際に面白いなと思ったのは、自分では疲れていないと思っていた体にも、いざ触ってもらうと痛いところや凝っている箇所が見つかるということ。施術後は毎回とてもスッキリし、研修が終わった頃には体重が10㎏近く落ちて身も心も軽くなったのを感じました。そんな風にして自分の元気な状態を知ると体調の変化に敏感になり、日頃のメンテナンスが大事だということをつくづく実感するようになりました。

☆加計呂麻島での研修へ
加計呂麻島へ向かったのは2013年の5月。朝の海辺で呼吸法とストレッチをしたり、海に入ってデトックスをしたり、神社でお祈りをしたりetc.……。また加計呂麻島ならではの食材を使った料理をいただき、綺麗な空気を吸い、生徒さんや先生とセラピーを施術し合うなど、かなり内容の濃い研修旅行に参加させていただきました。そうした楽しい体験の数々はもちろんですが、加計呂麻島にいる間じゅう、手が温かかったのが印象的でした。「気」に対する感覚も、普段より鋭敏だったように思います。旅行に行く前から加計呂麻島はパワフルなエネルギーに満ちているところだと聞いていたのですが、帰ってきてからもずっと手が温かく、いつもに比べて旅行の疲れが格段に少なかったことから、島のパワーをいっそう実感することとなりました。思えばその頃から、お客様に施術が上手になったねと褒めてもらえるようになったような気がします。

☆今後への思い

この世界に入ってから約1年半。最初の頃に比べるとだいぶ仕事にも慣れ、私を指名してくれるお客様が少しずつ増えてきました。今後も一人一人のお客様との出会いを大事にして心を込めた施術を行いながら、常にお客様や先輩方から様々なことを学び続けていきたいと思っております。

高橋磨由

☆チューニングセラピーとの出会い

  大学卒業後、都内で朝から深夜まで働いていた2年間。母の紹介で、群馬にある「あいのやまの湯」のサロンでセラピストとして活躍されている狩野さんから“チューニングセラピー”という施術を受け、彼女の元へと通うようになったのもその頃のことでした。

当時、狩野さんには体の疲れを取っていただくだけでなく、よく仕事の悩みも聞いていただいたものです。そうして自分の身体がいかに疲れていたかを思い知らされ、さらに身体だけでなく、心と頭が固くコリ固まっていたことにも気づかされました。

また「気」というエネルギーが、人の手のひらから身体に入ってくるのをありありと感じたのも久しぶりのことでした。

思えば幼い頃、体が冷えやすくいつも膝関節が痛いと泣いていた私。

その時にしていた対処法といえば、父から教わった「気功」の真似事でした。

手から「気」を出して、温めると膝が痛くなくなるのだと教えられていたからです。

でも、周囲ではそのような対処法をする人が他にいなかったこともあり、大人になるにつれてそうした「気功」の真似事をすることは少なくなりました。

それが狩野さんの“チューニングセラピー”を受けた時、忘れていた幼い頃の記憶が急に蘇ったのです。以来その施術の魅力にはまるようになり、いつしかこう思うようになっていきました。『同じようにストレス社会で働く家族や周囲の人たちが、私の手を通して少しでも楽になってくれたら・・・』。

そんな思いを持ちながらも、都内でのお仕事を辞められずにいた2011311日に、あの東日本大震災が起きたのです。

それまでの平和な毎日が一転するような大震災を経験し、「本当にやりたいことは、今すぐにやらねば」という強い思いを抱くようになりました。同時に、「癒しを必要としている人に、私が出来ることをしたい」とも。それで大震災直後、思い切って都内の職場を退職し、故郷の群馬に帰郷しました。そして自分の心の向くままに、セラピーの世界へと突き進んでいくことにしたのです。

☆加計呂麻島へ

 2011年の秋に群馬でのセラピスト研修を終え、東京で研修をしている時のこと。メイプルの代表である山口弘美先生のご案内により、研修の一環として初めて奄美大島の加計呂麻島に足を運ぶこととなりました。

そこは海と山、森…とにかく自然がそのまま残っている島でした。出会う人々は、皆さん温かくておおらかだという印象。島にいる間は、滝やガジュマルの樹を見に行ったり、高千穂神社のお掃除をしたり。また、海でのアクティビティをしたりと一日じゅう目一杯に活動していました。なかでも思い出に残ったのはシュノーケリング体験。手を伸ばせば触れるほどすぐ近くに、本州の海では出会えないような珍しい魚がたくさん泳いでいたのには本当に感動しました。また深い藍の世界はまるで宇宙のように神秘的。素晴らしいスポットが満載の加計呂麻島ですが、とくに海は島の中でも一番多くのパワーをもらえる場所だったように思います。

加計呂麻島から帰ってきてから少し風邪を引いたような状態でしたが、その症状が抜けてからは、冷え症の私でも手がずっとポカポカしていたのに驚きました。

私はまだ一度しか加計呂麻島に足を運んでいませんが、先輩方によると「回数を重ねるほどに島の良さがより分かるようになる」とのこと。何度も行くには少し距離が遠いような気もしますが、時間が経つにつれ、また行きたいなと思い出してしまう不思議な島です。

☆オーシャンスパ高崎店の店長として

  セラピストの道を志し、独立起業する夢を持ってからというもの、ありがたいことにトントン拍子で話が進み、現在はオーシャンスパ高崎店の店長として日々修行させていただいております。オープン当初は、セラピーに関してもまだまだ力不足を感じていましたし、お店の運営やキャンペーンの組み方等わからないことだらけ。「どうしたらいいか分からない」と、苦しむときも多々ありました。でも、先輩方のお力添えのおかげでなんとかお店の経営を軌道に乗せることができるようになり、2014年で開店から3年目を迎えることとなりました。今でも分からないことだらけですが、考えながら行動し続けて、マニュアルのない世界で自分を磨き続けられるというこの仕事に感謝しています。また、「もうやるしかない!」という時に湧き上がる自分の底力を感じてからは、どんな環境でもやっていける自分になっていくことに対して喜びを感じました。無自覚ながら、他にも成長している部分が幾つかあるでしょうし、今ある課題もこれからどんどん楽しくクリアしていくのだろうと思います。そのような場を与えてくださった弘美先生をはじめ、支えて下さるお客様とスタッフなど皆様に本当に感謝しています。

山口恵子 セントラルウェルネスクラブ前橋店(群馬県)

私はもともと、山口先生のサロン業務として事務関係や先生の施術の準備・お手伝いをしてメイプルに携わらせていただいておりましたが、教育プログラムが出来た時に「一人教育を受ける人がいるので一緒に受けてみないか」と、先生に言われたのがきっかけです。ちょうど一番下の息子が幼稚園に入園した時期でした。その時、一緒に受けた人が狩野順子さんです。狩野さんとは、教育が終わってから狩野さんが独立するまで、前橋の「メイプル山王サロン」で勉強させて頂きました。その時期の貴重な体験が私のセラピストとして忘れてはならない基礎となっています。同じ教育を一緒に受けたのですが、狩野さんと私とは性格をはじめ何もかもが反対で、それは、施術を受けていただければおわかりになると思います。 同じ教育を受けてもそれぞれの持ち味により違いが出るのが、他の一辺倒のエステとは違うメイプルの施術だからこそだと思います。そんな狩野さんとは今後も刺激しあいながら、自分のないものを吸収し合い向上していけたらと思っています。

根岸久子 自宅サロン(群馬県)

山口先生のセラピーに出会ったのは、同級生の忘年会で山口恵子さんから声をかけられたのがきっかけでした。2006年3月にセラピストの資格取得。現在は自宅と出張で3周年を迎えました。口コミのみの広がりのため、充分な収入を得るには時間が必要の様ですが、信頼関係を大切に、お客様が満足し喜んで頂けるマッサージをしていきたいと思っています。このお仕事の大好きなところはお客様の「楽になった」「気持ちよかった」のお声と笑顔を頂ける事とマッサージをすると(気)が自分も通るので気力・元気が増す事です。

河辺 寿梨 オーシャンスパ上池袋店(東京都)

私がチューニングセラピーと出会ったのは2007年の夏でした。マッサージを勉強する場を探し始めた頃、ご縁で山口先生にお会いする機会があり、その時少しだけ背中を触って頂きました。エネルギーの流れを止めていた栓が抜けた様な感覚、視界も頭もスッキリ!ビックリ!!すぐにセラピスト養成コースを受講しました。現在はオーシャンスパ上池袋店 店長をさせていただいております。一人一人丁寧に心を込めた技術の提供と、お客様がまた来たいと思えるお店づくりを心がけ日々勉強させて頂いています。

柿並和江 オーシャンスパ成城店(東京都)

5年前、仕事をする事、生活する事に焦点を置きすぎて自分の身体の声も聞かずに走り続けていた時、山口弘美先生のチューニングセラピーに出会いました。施術を初めて受けた瞬間、今迄感じたことのない体内を突き刺す様な痛みと体内が非常に硬く硬直しているのが感じられ、身体の悲鳴を初めて受け止める事が出来たのです。又、施術後の心身の軽やかさや柔らかさも今迄感じたことのないものでした。施術をする人、受ける人共に心身のバランスが整い、細胞一つ一つがきれいに元気になる事を実感しチューニングセラピーのセラピストになるために養成講座を受けました。今は先生のお言葉で「施術に謙虚であれ」「施術中は常にお客様の心身と対話を心がける」を念頭に日々お客様とセラピーを通してエネルギーの交流をさせて頂いています。

西村知子 自宅サロン(群馬県前橋市)

なりたくて、なりたくて始めたこの仕事。11年目を迎えました。メイプルの指導を受け、高純度のオイルに自然のエネルギーを取り入れオールハンドでリンパの流れを整えつつ、必要に応じて整体の技術も取り入れて丁寧に心を込めて施術させて頂いております。これからも勉強を続け、お客さまのお役に立て、喜んで頂けるよう、心がけて参ります。

堀井ひろこ 自宅サロン(奈良県橿原市)

チューニングセラピーとの出会いは、先生のお客様からマッサージを習っては?と進められ、先生に会せていただきお勉強をするようになりました。お客様を感じながら、丁寧に優しく体のお掃除をさせていただくみたいに。気持ちがいいとか、喜んでもらえると最高に嬉しいお仕事です。今も家事、子育ての合間をみて、お家でさせてもらってます。いつでもどこでもいくつになっても出来る、そんな仕事に出会わせてもらえたのは嬉しいことです。お勉強はずっと続きますが、色んな気づきをさせてもらいながら、頑張って行きたいです。